大判例

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東京地方裁判所 昭和56年(特わ)412号 判決

裁判所書記官

物井昭三

本籍

長野県更埴市大字稲荷山八八八番地

住居

東京都足立区鹿浜三丁目九番五号

医師

宮坂保男

大正一一年四月一六日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官久保裕出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年二月及び罰金二六〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都足立区鹿浜三丁目九番五号において、「宮坂病院」の名称で内科・外科・産婦人科等の病院を経営しているものであるが、自己の所得税を免れようと企て、自由診療収入等の除外、架空人件費の計上等の方法により所得を秘匿したうえ、

第一  昭和五二年分の実際総所得金額が七〇二三万五五二二円(別紙1修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五三年三月一三日、東京都足立区栗原三丁目一〇番一六号所在の所轄西新井税務署において、同税務署長に対し、同五二年分の総所得金額が一一〇五万九四二七円でこれに対する所得税額が源泉徴収税額二〇二万四四一〇円を控除すると二五万三九〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和五六年押第八六九号の1)を提出し、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額三六三二万三七〇〇円(別紙4ほ脱税額計算書参照)と右申告税額との差額三六〇六万九八〇〇円を免れ、

第二  昭和五三年分の実際総所得金額が五四二六万九九八〇円(別紙2修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五四年三月八日、前記西新井税務署において、同税務署長に対し、同五三年分の総所得金額が一二五七万一二五六円でこれに対する所得税額が源泉徴収税額一九四万六〇八六円を控除すると九三万二八〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申者書(前同号の2)を提出し、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額二五五四万八〇〇〇円(別紙4ほ脱税額計算書参照)と右申告税額との差額二四六一万五二〇〇円を免れ、

第三  昭和五四年分の実際総所得金額が五四四四万一九一六円(別紙3修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五五年三月一一日、前記西新井税務署において、同税務署長に対し、同五四年分の総所得金額が一〇五四万〇〇九七円でこれに対する所得税額が源泉徴収税額二一七万三八四四円を控除すると一三万二七八四円の還付を受けることになる旨の虚偽の所得税確定申告書(前同号の3)を提出し、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額二五四〇万六七〇〇円(別紙4ほ脱税額計算書参照)と右申告税額との差額二五五三万九四〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書五通

一  証人柴崎堪栄の当公判廷における供述

一  柴崎堪栄(三通、但し検察官請求証拠番号甲6の不同意部分を除く)、田中一男及び宮坂喜和子の検察官に対する各供述調書

一  検察官、弁護人及び被告人作成の合意書面

一  収税官史作成の給料賃金に関する調査書

一  収税官吏作成の報告書

一  西新井税務署長作成の証明書

一  押収してある所得税確定申告書等三袋(昭和五六年押第八六九号の1ないし3)

(補足説明)

弁護人は、青色申告承認の取消益がほ脱税額を構成するとした最高裁判例(昭和四九年九月二〇日第二小法廷判決・刑集二八巻六号二九一頁)は変更されるべきであると主張し、その理由として、(1) これを肯定することは、結果的には税務署長の行政処分(青色取消)が必然的に実行行為(申告ないし納税)時には適法であったものを、後になって遡って有罪とすることとなり、刑罰法規の遡及禁止にふれて憲法に違反する (2) 青色申告承認の取消は税務署長の裁量行為であり、不正行為等の取消事由があっても必ずしも取り消されるとは限らないから、青色申告が取り消されることの予見可能性があるとはいえず、ほ脱の故意を擬制するならともかく、そうでなければ故意が認められない (3) 取消処分行為は裁量行為であり、いわば新たな第三者の行為であって、因果関係は中断するものであり、相当因果関係もない旨述べている。

しかしながら、弁護人が指摘する右理由は、いずれも従来の消極説により主張されているものであるところ、右最高裁判例は、こうした消極説をも踏まえたうえで判断がなされたものであって、その判断するところは当裁判所も相当であると考える。そして、関係証拠によれば、被告人は、正しい記張をしないと青色申告が認められないことを知りながら、所得税を免れる目的で、経理を担当していた事務長に指示して、自由診療収入等の除外、架空人件費や薬品の架空仕入の計上などを行なわせたうえ、虚偽過少の申告をし、その際専従者給与等を必要経費として算入処理していたことが認められ、これによれば、被告人は、ほ脱行為の結果として青色申告の承認が取り消されるであろうことは当然認識できたのであるから、青色申告承認の取消益をほ脱所得額に含ませた本件処理は正当である。

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、いずれも行為時においては、昭和五六年法律第五四号脱税に係る罰則の整備等を図るための国税関係法律の一部を改正する法律による改正前の所得税法二三八条一項に、裁判時においては右改正後の所得税法二三八条一項に該当するが、右は犯罪後の法令により刑の変更があったときにあたるから刑法六条、一〇条によりいずれについても軽い行為時法の刑によることとしいずれも所定の懲役と罰金を併科し、かつ各罪につき情状により所得税法二三八条二項を適用することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年二月及び罰金二六〇〇万円に処し、同法一八条により右罰金を完納することができないときは金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用し、この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

(量刑の事情)

被告人は、昭和二三年に慈恵医大を卒業後、医師免許を取得し、同大学の医局勤務を経て、同二七年に都内荒川区に外科、内科の診療所を設立して独立し、同四五年一月からは現住所において宮坂病院(医師は産婦人科医の妻とパート医一名、レントゲン技師及び看護婦二名のほか事務職員等八名位)を開業して営んでいるものであるが、本件は、被告人において、自由診療収入等の除外などの方法により、三年分合計約八六〇〇万円の所得税を免れたというものである。被告人は、脱税の動機として、病院建築などの際の借入金をできるだけ早く完済したかったことなどを供述しているが、他方では毎年かなりの資金を株の売買につぎ込んでいるのであって、特に斟酌すべき動機であるとは思われない。そして、犯行の態様は、自由診療収入、文書料、室料差額、交通事故患者の保険金請求分等の除外、架空人件費の計上などあらゆる方法をとっており悪質であるほか、ほ脱率は、源泉徴収税を考慮しても九〇パーセントを超える高率である。以上の諸事情に加えて、被告人は、長年脱税を継続してきており、納税意識の希薄さが窺われることなどからすれば、被告人の刑責は軽視できない。

しかしながら、架空人件費の中には、事務長自身が被告人の脱税に乗じて費消した分も含まれていること、本件発覚後、脱税分につき修正申告を行ない、昭和五四年分の本税を完納し、そのほかの本税等を分割のうえ毎月納付していること、被告人は、本件犯行を深く反省するとともに、経理体制を改め、二度と脱税しないことを誓約していること、本件が新聞報道されたことにより、それなりの社会的制裁を受けていること、被告人には、前科前歴がないことはもとより、これまで医師としてはもちろん、交通安全協会などを通じて社会に貢献してきたことなどの有利な事情も認められ、その他本件にあらわれた全ての事情を考慮し、主文のとおり量刑する。

よって主文のとおり判決する。

(裁判官 久保真人)

別紙1

修正損益計算書

宮坂保男

自 昭和52年1月1日

至 昭和52年12月31日

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

別紙2

修正損益計算書

宮坂保男

自 昭和53年1月1日

至 昭和53年12月31日

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

別紙3 修正損益計算書

宮坂保男

自 昭和54年1月1日

至 昭和54年12月31日

〈省略〉

〈省略〉

別紙4 ほ脱税額計算書

〈省略〉

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